今週の15分 ワンポイント メッセージ    

礼拝説教をスマートフォンでも聴くことができますが、データがキャッシュされるまで読み込みに時間がかかる場合があります。ブラウザは「Firefox」か「Google Chrome」をご利用ください。

4月22日 「良い牧者」 ヨハネの福音書第10章11-18節

10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。12 牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。13 それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。
14 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。16 わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません。彼らはわたしの声に聞き従い、一つの群れ、ひとりの牧者となるのです。17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。18 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。」
----------------------------------------
祈ります。主イエスを死人の中からよみがえらせ、死に打ち勝った全能の神様、爽やかな朝を迎えています。この礼拝に召し集められたことを心から感謝申し上げます。どうか私たちを助けて、このような良き御業のうちに、あなたを義しく認識し、義しくほめ讃えるようにさせて下さいますように。また世界のために祈ります。今週金曜日、韓国と北朝鮮の南北首脳会談が行われるようです。特に北朝鮮の「非核化」へ向けて大きく前進しますように。イエスさまは、武器の力では本当の平和は来ないと教えてくださいました。どうか互いに武器を捨てる勇気をお与え下さい。そうして世界にまことの平和が実現しますように。今週もあなたの守りが私たちにありますように。そしてこの街と周辺に住む方々の上にあなたの恵みが豊かにありますように。
----------------------------------------
きょうは「復活節第4主日」ですが、名前が付けられていて「良き羊飼の主日」と呼ばれています。毎年ヨハネ福音書が指定されます。A年は10章1─10節、B年は11─18節、C年は22-30節です。それぞれの特徴はありますが、羊飼いと羊との深い絆を語ります。
----------------------------------------
10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
----------------------------------------
「いのちを捨てる」という言葉が11節、15節、17節、18節に全部で4回使われています。キリストの十字架による死を意味します。良い牧者とは対称的に12節では「雇い人」が出てきます。
----------------------------------------
10:12 牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。
----------------------------------------
雇い人は当たり前ですが、狼が来ると逃げてしまう。これは当然だと思います。命あっての物種、自分の命の方が大切ですから、私でも逃げます。しかし、それほど単純な話しではなく、実は「エゼキエル書34章」が背景になっています。そこには羊飼と羊との悲惨な関係が記されています。ひどい羊飼が描かれます。食事もまともに与えない。弱っても手当てしない。病気になっても、傷ついてもほったらかしにされる。羊が迷っても捜しに行くわけでもない。羊がいうことを聞かないと暴力で支配する。羊は抵抗できませんから、なすすべもない。羊は散らされ、肉食動物の餌食になる。特殊な話しではありません。このような主従関係にある場合、よく起こります。親子関係、職場における上司と部下、先輩後輩。あるいは夫婦関係でも起こります。最近、よくない意味で「ブラック」ということばが使われます。ブラック企業、ブラックバイト、ブラック介護施設。度を超えた長時間労働やノルマが課される。そこで働く人は食いものにされてしまう。つまり私たちの身近なところで起こり得る主従関係。上下関係。そのことをここでは「雇い人」と言っています。「雇い人の特徴」はきめ細かな気づかいがない。
----------------------------------------
10:13 それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。
----------------------------------------
基本的に羊飼いは、たくさんの羊を1匹1匹観察して弱っているか、元気でいるかを注意深く観察します。しかし、雇い人はそういうことにさほど関心がない。お金で雇われただけの人ですから。具体的に誰なのか。文脈から具体的には偽預言者、当時のユダヤの指導者。狭い意味では当時のパリサイ人や律法学者を指していると思われます。しかし、良い牧者はいのちを捨てるというのです。なぜいのちを捨てることができたのか、理由を述べています。
----------------------------------------
14 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。
----------------------------------------
きょうのポイントの御言葉になります。「知っている」ということばが4回出てきます。この言葉がキーワードになります。ここで羊飼と羊の関係を説明します。羊も羊飼も、お互いによく知っている。心温まる人格的な触れ合いを通しての交わりです。どちらかが上だとか下だとか、いうのではなく「二つで一つ」なのです。もはや一心同体に等しい。それは15節、イエスさまが父なる神を知っていることと同じだ、というのです。その関係性を、三位一体の神を引き合いに出して説明しています。三位一体というのはキリスト教の教義ですが、説明が難しいと言われています。ここではイエスさまと父なる神の関係性です。イエスさまは父なる神の御心しか行わなかった。完全に一体になっている。それと同じようにイエスさまと私たちが一心同体。そこには血の通った暖かい信頼関係がある。あなたはわたし。わたしはあなたと言ってもいいくらいの密接な関係。あるいは私たちの知らないことまで知っている。私は先週一週間、14節、15節の御ことばを考え続けました。キリストがなぜ十字架にかかったのか、少し理解が進んだように思います。特に15節の御ことばです。
----------------------------------------
15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。
----------------------------------------
どこの誰か、知らない人のためにいのちを捨てることはできません。しかし、よく知っている、例えば健全な親子関係の場合。特に生まれたばかりの子どもは100パーセント親を信頼します。親にとっても子どもは自分そのものです。例えば子どもが病気になる。生きるか死ぬかの瀬戸際にいた場合。親は自分の命を差し出してもいいとさえ思う。それを人間の親子関係ではない。父なる神と自分の関係を例にあげて「知っている」とおっしゃったわけです。これはすごい例えだと思います。私たちは様々な心の傷を持っています。時間が立てば癒やされるものもあるけれど、癒やされないものもあります。それを誰かに話しをすれば分かってもらえるのでしょうか。本当の苦しみや悩みを分かってくれる人はほとんどいないと思います。なぜなら、その人にそれほど関心がないからです。13節の言葉を引用すると、「心にかけていないからです。」しかし、知るというのは、その人に関心を持つ。お互いに知りつくしている。
15節の後半
----------------------------------------
わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。
----------------------------------------
「いのちを捨てる」というのはいのちを粗末にしていることではありません。なぜ十字架かかったのか、イエスさまが羊の苦しみ、罪の苦しみを知っていたからです。それはご自分の心の痛みでもあったからです。だから自らいのちを捨てた。ここに神の愛があります。イエスさまの処刑は偶発的な出来事ではなかったということです。羊の痛みを知っていたから自らいのちを捨てたのです。きょうは詩篇23篇が招きの言葉で読まれました。
----------------------------------------
23:1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
----------------------------------------
それはキリストのいのちに生かされているからです。そのことに心からの感謝を主に捧げたいと思います。そして主が命を捨てて下さったと同じ献身の心を持って神に仕え、人々のために生きるものとなりましょう。

祈ります。
「父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。」主よ、あなたの赦しに感謝します。私たちも新たな献身の思いを与えてくださいますように。


  新会堂建築計画